【雪椿の庭 11】


 だが、幹丸は健五郎の手に重ねている自分の手に力を入れ、切なげに健五郎を見上げて首を振った。
「健五郎様。貴方様のお命を落としてまで、私は生きていたくはありません。その時は私も、私も健五郎様のお後を」

 幹丸の言葉に驚いたように健五郎は声を荒げた。
「何を愚かなことを! それでは私の死が全くの無駄になってしまうではないか!」
健五郎は両手で幹丸の細い肩を掴むと、今度は穏やかな声で諭すように続けた。
「……幹丸殿、そなたは生きねばならぬのだ。此度のことは殿のご早計。このまま殿のご命令に従ってそなたの命を奪ってしまっては、殿と大久保殿との間に決して消えぬ遺恨が生じてしまうのだ。この先殿の誤解が解け、大久保殿の潔白が証明されるその日の為にも、取り返しのつかぬ過ちを今犯してはならぬ。それ故、お辛いであろうが、どうか此度のこと聞きわけてくだされ」

「健五郎様……」
じっと見開いたまま健五郎を見つめる幹丸の瞳から、一滴の涙が頬を流れ落ちた。

「男がこのようなことぐらいで泣くものではありませんぞ、幹丸殿」
そう言って笑いながら指先でその濡れた頬を拭おうとした健五郎であったが、それより早く、不意に幹丸が健五郎の胸へと飛び込むようにすがり付いてきた。

「いかがなされた、幹丸殿?」
驚いてそう問いかけてくる健五郎に、幹丸はより一層必死にその胸にすがりついた。そして、
「どうか今宵私を。私に一夜のお情けを……。お願いでございます、健五郎様。私をお嫌いでなければ、どうか、どうか」
と、震える声でその想いを口にした。

『幹丸殿』
健五郎は思わず幹丸のその華奢な身体を強く抱き締めたい衝動に駆られた。だが、その腕は幹丸の身体に触れる寸前で止められ、硬く握られた拳は健五郎の膝の上に戻された。そして、健五郎はじっと前を向いたまま、今まで幹丸が聞いたことのないような乾いた口調で言った。
「幹丸殿。私の此度の判断はあくまで殿への忠義と、そなたをお守りすると大久保殿と交わした約定故のこと。そこを……お履き違えあるな」

 一瞬、幹丸の胸の中を切り裂くような痛みが走った。幹丸はその痛みに耐えるように一度ぎゅっと強く目を閉じた。だがすぐに目を開け、その顔に無理に笑みを浮かべて健五郎を見上げた。
「はい。これは私の貴方様に対する身勝手な想い。決して口にすまいと思っておりました。ですが、もう二度と再び貴方様にお会いできぬかも知れぬ今、どうしてもこの胸の内を貴方様に……。お笑いくださっても結構です。ですが、どうか健五郎様、我が想い、厭わしくお思い召されることなく、哀れと思し召しくださって、どうか、どうか……」
再び幹丸の頬を涙が伝って落ちていった。

 しばらくの沈黙の後、健五郎が前を向いて幹丸から視線を避けたまま言った。
「私は武骨者故、そなたを優しく抱くすべを知らぬ。それでも構わぬか?」

「はい。はい、健五郎様。……あ、ありがとう…ございます」
幹丸は嬉しそうに小さくうなずくと、その頬を健五郎の胸に埋めた。









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